クラブプロフィール
地域に密着したクラブ作りをめざすため、覚えやすいネーミングに。また、心地よい響きとなるにちがいないと考え命名。



上部にある青いリボンは、1998年の横浜フリューゲルス存続活動において、「青い翼運動」としてサポーターたちが身につけていた、青いリボンに由来しています。 1998シーズンの終盤からは、フリューゲルスの選手たちもユニフォームの袖にこのリボンをつけて試合に臨むなど、「青いリボン」はフリューゲルス存続活動、そして横浜FC創設の原動力となりました。 また、下部にあるフェニックスは永遠のシンボルであり、フリューゲルスの消滅を受け、新しい市民クラブとして生まれ変わった横浜FCを象徴しています。 このように、横浜FCのエンブレムには、このクラブ立ち上げに関わった全ての人たちの思いが込められています。
クラブヒストリーはこちら水色(HAMABLUE)は空を、白は雲を、そして青は海の色を表しています。

オフィシャルクラブマスコット
ホームタウンである横浜の先進的なイメージと、横浜FCの未来への可能性を広大な「宇宙」と連動させ、宇宙人をモチーフとしました。クラブ立ち上げに関わった全ての人々の願いを背負い、熱い想いを守り続ける不死鳥の使者として誕生。


収容人数:15,440人
〒221-0855 神奈川県横浜市神奈川区三ツ沢西町3-1 ①JR「横浜駅」西口より市営バスまたは相鉄バス(6~11番乗り場)で「三ツ沢総合グランド入口」もしくは「市民病院」下車徒歩2分 ②横浜市営地下鉄「三ッ沢上町駅」より徒歩15分クラブフィロソフィー
地域におけるスポーツ文化の醸成の礎となり地域に貢献する。市民・行政・企業の協力を仰ぎながら三位一体となった生活に密着した地域参加型のクラブ組織の確立を目指す。サッカーにとらわれず様々なスポーツの理念、そしてJリーグ理念に基づき、スポーツを楽しむことができる市民のためのスポーツクラブの実現を視野にいれたクラブ運営を行う。
横浜という地域社会にとって欠かすことのできない「楽しみ」「心のより所」「プライド」「街のシンボル」「大切な産業」として多くの人に認められる存在となり、地域に寄り添い声に耳を傾け、地域が抱える課題解決をミッションとし、人々に喜びと感動を提供する。
スタジアムで仲間と体験する、あの熱狂や喜び、感動。そして悔しさ。 心をひとつにして共に戦い、いくつものドラマが生まれてきました。 わたしたちは、ホームスタジアムであるニッパツ三ツ沢球技場を「夢の劇場」と捉え、この空間で共に戦うすべての人々に夢と希望を届け、笑顔になってもらいたいと考えています。 横浜FCがこれまで多くの人々の支えで成長してきたように、この場所で繰り広げるフットボールがみなさんの心のよりどころとなり、ここでの思い出が、何年先も鮮やかに思い出せる景色であるようにと願っています。 この場所が、横浜という街をもっと好きになるきっかけとなるように、わたしたちはこの街と共に歩み続けます。
横浜FCは、夢を持てる子どもたちの豊かな未来へとつなげる役割を担う地域になくてはならない存在でありたいと考えます。横浜をホームタウンとするクラブとして、これらに常に向き合うクラブ作りをしていくことで、クラブの歴史が作られ、ホームタウン横浜の皆さんと大切なパートナーシップを築いていくことができると考えます。そして、私たちの活動が自然環境に悪影響を及ぼすことなく維持・持続すること、課題解決に向けて⻑期間に渡り行動し続けることが目標の達成につながると考えます。
会社概要
会社名 | 株式会社横浜フリエスポーツクラブ |
|---|---|
チーム名 | 横浜FC |
設立年月日 | 1998年12月25日 |
資本金 | 1億円 |
代表者 | 取締役会長 上尾 和大 |
所在地 | <練習場・クラブハウス> |
代表電話番号 | 045-443-6592 |
FAX番号 | 045-443-6593 |
ホームタウン | 神奈川県横浜市 |
ホームスタジアム | ニッパツ三ツ沢球技場 |
収容人数:15,440人 |
取締役会長 | 上尾 和大 |
|---|---|
取締役副会長 | 泉 信彦 |
取締役副会長 | 角野 隆 |
代表取締役社長 | 片原 大示郎 |
取締役 | 小野寺 裕司 |
取締役 | 大村 勁 |
取締役 | 石田 克史 |
取締役 | 中西 健夫 |
取締役 | 古川 伸樹 |
取締役 | 福田 秀人 |
取締役 | 飯島 淳支 |
取締役 | 白井 崇浩 |
取締役 | 田中 聖信 |
取締役 | 松山 香 |
監査役 | 左部 明宏 |
監査役 | 平倉 康司 |
監査役 | 鈴木 達也 |
シニアアドバイザー | 奥寺 康彦 |
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